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全国各地の青年団の仲間たちによる東日本大震災への支援活動を発信していきます。 http://nisseikyo.iku4.com/
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5月半ばにはいり、震災から1年2ヶ月が経過しました。
GW期間中には、鹿児島県の東串良の仲間たちが大槌町などをボランティアに訪れた他、日青協執行部も定期大会を終えてすぐ、陸前高田市などを訪問いたしました。また、今月末には宮城県で復興を祈念する青年文化祭が行われます。

さて、この5月16日を以て「今、私ができること ~日青協復興支援ブログ~」の更新を停止いたします。被災地は現在、自立した復興に向けて本格的に動き始めており、物資の支援等、現地の状況を伝え被災地と全国をつなげるという当ブログ開設時の役割を終えました。これまで多くの方々に閲覧いただき、物資や情報を提供いただきました。被災地支援に役立てられたことに深く御礼申し上げます。

ブログは更新を停止しますが、活動が停止することはありません。今後は、日青協ブログに一本化して情報を発信していきます。日青協ブログのアドレスは以下の通りです。
http://www.dan.or.jp/danpress/dan_news/dan_news.html

なお、当ブログはログとしてしばらく残しておきます。
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全国の青年団運動の方針を決定する第62回日青協定期大会がいよいよ5月4日から5日にかけて、日本青年館で開催されます。すでに各加盟道府県団から選出された代議員の皆さんが、少しずつ来館されています。

今年のスローガンは「次代のビジョンを描こう」。東日本大震災が明らかにした課題や教訓をふまえ、混迷の時代から新たな展望を見いだしていくことをめざしています。

今日から常任理事会です。一年間の運動方針を、真摯な議論を通じて策定していきます。
4月29~30日にかけて、岩手県を岩手県青年団体協議会の定期大会への参加、「生きる」の合評会、陸前高田市のいまを見てくることを目的に、東海大学の辻先生と日青協事務局の早川が訪問しました。

まず、29日は岩手県団の定期大会に出席をし、岩手県の青年団員のみなさんにもご執筆をいただいた「生きる」の合評会を行うために、岩手県青少年会館を訪れました。
岩手県団の定期大会では、新しい県団役員の紹介が行われたほか、今年度の岩手県団のスローガン「ひとりの絆をみんなの絆に」のもと、運動方針が議論されました。特に東日本大震災の復興支援活動については、岩手県内の中でも甚大な被害に見舞われた陸前高田市、大槌町への継続的な支援を行っていくことが確認されました。また、岩手県団新会長の高橋蔵さんより「岩手県団がきちんと各事業を行うことが、全国のみなさんからご支援いただいたことへの恩返しになります」と、今年一年の決意を加盟団の団員と共有していました。

午後からは「生きる」第1号の合評会を定期大会の出席者とともに行いました。岩手県団の泉田将治さんをはじめ、今回の「生きる」が発刊されたことについて口々に感謝が述べられました。また、全国各地で「生きる」を活用して、震災の教訓が活かされることを被災地の青年たちは望んでいました。
ここでは「生きる」が果たす役割について、出席者からは他県の状況はもちろん、岩手県内でも被災当時の状況が共有されことが挙げられていました。この冊子にはあの日、青年団の仲間がどうしていたのか、その地域がどのような被害にあったのかが鮮明に記されています。同じ被災地にあっても自分の地域のことしかわからず、当時のことを知りたくとも聞き出すことなんてできないと感じていた被災地の青年たちにとっても、「生きる」がとても重要な意味をもっていることを実感できました。
被災地でもあの日の記憶が語られることは少なくなっているようです。「生きる」が第2号、第3号と継続されることで、1年に一回はこの冊子を読み合って教訓を忘れないようにしたいとの思いを岩手県の青年たちと確認し合うことができました。
その夜、大船渡市に車で移動して宿泊しましたが、津波が襲った地点の信号を右折したところから残っている建物はホテルなどの大きな施設のみです。あの突然真っ暗になった道のことを、生涯忘れることはないと思います。
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翌30日は、陸前高田市に移動し、陸前高田市のいまと桜ライン311の活動で植樹された桜を岩手県団の泉田さん、橋詰さんと視察しました。陸前高田市は大船渡市以上にひどい状況で、木造建築のあった土地は更地にされ、正しく何もない町になっています。陸前高田市も沿岸部に残っているものは、大きな鉄筋の建物の外装や形だけの学校、山積みにされて撤去されることのない瓦礫のみでした。また、津波の到達点を境にして住居も残っており、町の中でも被害状況がまったく違うことに驚きました。
昼には桜ライン311のメンバーとして活動する、米崎地区仮設住宅の自治会長さんにお話を伺うことができました。自治会長さんは元青年団員でもあります。陸前高田の中でも商店が復活しつつあること、地域にお金を落としていくためにはボランティアに頼ってばかりはいられないことなど、復興を進めるために被災地が次のステップへ移ろうとしていることを実感できました。
その後、桜の木を確認するため、津波の到達点へ向かいました。塩害を受けた土地にあっても、桜は力強く開花しています。お寺の高台から見たその景色は、テレビでよく見た陸前高田の風景であり、報道陣によって定点観測ポイントの杭が打ち立てられていました。そこから写真を撮ると、植樹された桜がファインダーの中に写り込んでくるのです。この一年の青年団の活動が花開いたのかように思え、胸が熱くなりました。

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世間はGWで、被災地にボランティアで入る人もいれば、被災地を観光スポットのように扱って立ち入り禁止区域内で記念撮影をしている人たちもいました。震災から1年が過ぎ、被災地にお金を落とそうとメディアでも盛んに言われています。しかし、それは被災地で節度無い行動をしても良いということではないはずです。被災地支援をするのであれば、あの日を忘れず、そこに住む被災者のことを第一に考えていかなくてはと気持ちを新たにしました。
(日青協 早川麻登)

4月に行われた復興支援活動から。

静岡県の川根町青年団は、地元の桜祭りで露店を出店、売り上げを全て川根茶にして大槌町に送ることを決めました。また、滋賀県マキノ町青年団と高島市青年協議会は、陸前高田市の桜ライン311への支援のため4日間にわたって街頭募金に取り組みました。

日青協も、辻先生と早川局員が岩手県団の定期大会にお邪魔し、先日刊行した「生きる」の感想交流等を行う予定です。各地からの行動を是非お知らせください。よろしくお願いいたします。
復興庁では、NPO等が活用できる政府の財政支援についてウェブサイトでまとめています。
アドレスを記載しますので、是非ご参考ください。

復興庁
http://www.reconstruction.go.jp/

今後NPO等が活用可能な政府の財政支援について
http://www.reconstruction.go.jp/topics/npoyosan0414.pdf
昨日から今日にかけて、日青協は新年度役員予定者で運動方針の会議を行っていました。
いよいよ、5月のGWには全国の仲間たちとともに定期大会を行う予定です。

さて、4月2日の北陸中日新聞に陸前高田市の桜ライン311の取り組みが報道されていましたので、ご案内いたします。河津桜のつぼみがほころび始めたようです。橋詰さんも写真付きで紹介されています。

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トヨタ財団では、東日本大震災への助成事業を「2012年度国内助成プログラム 東日本大震災対応「特定課題」として募集しています。

対象地域としては、震災で被害のあった県か避難している地域になりますが、その内容は「継ぐ」として、歴史や文化の継承、震災に関する記録等、「つくる」として居場所づくり、暮らしの再建に向けた地域プランの作成、地域のまつりイベント等、「つながる」として震災情報の収集・発信、新たなつながりづくり、避難者と受け入れ地域との交流などと非常に幅広くなっています。

特に被災地での活動として、じゅうぶん検討に値するのではないでしょうか。
詳細は、以下のページをご覧ください。
http://www.toyotafound.or.jp/program/shinsai.html

「生きる ~東日本大震災と地域青年の記録~」が、昨日完成いたしました。改めて、執筆いただいた仲間たちや先輩たちに深い御礼を申し上げる次第です。

この取り組みは、未曾有の大震災の被害と支援の活動を記録し、書くことと読みあうことを通じて自分自身や地域と向き合うきっかけへとつなげていくことを目的に、夏頃から継続的にヒアリング等を行ってきました。すでに、第57回全国青研で暫定版を発刊しておりましたが、今回は、支援側の記録も含めて第1号として完成するに至りました。

追って、皆さんにお配りする予定です。是非ご覧になって下さい。ちなみに、別件でたまたま辻元清美さんがお見えになり、早速一部贈呈いたしました。

今日はこれから、共にすすめていただいた辻智子先生や東洋大学の矢口先生等々と合評会を行う予定です。

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 2月25~26日に大槌町青年団体連絡協議会主催による「復興の集い」が行われ、東海大学の辻智子先生と日青協から私、尾路が訪問しました。
 
 震災からまもなく1年を迎えるにも関わらず、途中の釜石市で目に飛び込んできたのは、3月11日のままの家屋・瓦礫でした。350日が経っても何も変わらない現実があることに、衝撃を受けました。
 当日の大槌は大雪。普段はあまり積もらないこの街に、15~20㎝の雪が積もっていました。到着して真っ先に向ったのは大槌町役場。雪が積もった屋根と壁だけの役場の前で私たちは手を合わせ、未曾有の大震災に立ち向かい、殉職された加藤国雄さんをしばし悼みました。
夜は、大槌町青協5名との懇親会。公民館での懇親会はそこそこに、大槌北小学校前の仮設の商店街へ。ここには「がんばろう大槌 復興感謝祭」と書いてあるのぼり旗がへんぽんと翻っています。2階建ての大きな仮設には、スーパーマーケット・居酒屋・カラオケスナック・ラーメン屋・弁当屋・レンタルDVD店などが軒を連ね、町民の憩いの場となっているのです。私たちは、大槌町青年団団員の石井さん行きつけの居酒屋「みかドン」に入りました。「東京から大槌の青年団を尋ねて来てくれました」と店主へ紹介されると、「こんな遠い大槌までわざわざ来てくれたのだから、地物をたくさん食べていってください」と、食べきれないほどの料理とお酒がたくさん振舞われました。途中、店主も席に加わり、大槌の人の温かさに触れた瞬間でした。

 翌26日は、いよいよ「復興の集い」。参加者は町青協5名・岩手県団泉田会長・青年団OB中心の団体「波工房」の三浦代表の計7名でした。
冒頭に、新しい青年団旗と青年団ビブスが披露されました。青年団の象徴である団旗が、今回の津波で流されてしまったのです。また、青年団ビブスは、今後の活動時に団員が着用するとのこと。これらは、全国の仲間たちから寄せられた義援金を活用して作成されました。皆さんから寄せていただいた善意は、このように目に見える形になっています。初披露の団旗とビブスの鮮やかなブルーは、全国の絆と復興への決意を表しているかのようで、とてもまぶしかったです。
 次いで、日青協が現在すすめている被災手記の取り組みについて、辻先生からお話がありました。波工房の三浦代表から「この時期に手記を書くのに抵抗がある団員もいましたが、詳しく聞いて趣旨等は理解できました。私たちの愛する後輩である加藤国雄君が在籍した日青協なので、協力できることはしていきたいです」との言葉をいただきました。
 また、フリートークでは佐々木訓さんから、今年度団員が10名増えたことが報告されました。次年度の事業は、加藤常任が熱心に取り組んでいた人形劇を中心に、もう一つの事業を検討していくことを確認し、復興の集いを終えました。
 
 終了後、仮設住宅へ赴き、加藤国雄さんのご両親を訪問しました。ご両親は、私たちの訪問を大変喜んでいただきました。話の中心はもちろん国雄さん。いつの東京帰りかは定かではないですが、帰りが遅くなり新花巻駅からの接続電車に間に合わなかった時、国雄さんはどうしても家で寝たかったらしく、駅前にホテルがあるにも関わらず2万円以上かけてタクシーで大槌に帰ってきたとのこと。また、加藤家に団員が集って人形劇の練習をしていたこと、岩手県内の青年団の状況など、話しがつきません。帰りまでの1時間は、あっという間に過ぎていきました。最後はお土産までちょうだいし、しばし加藤さんを偲ぶことができたことに御礼を申し上げ、仮設を後にしました。
 
 未曾有の大震災で、言葉に尽くせぬほどの悲しさや苦しさがあることでしょう。それでも、大槌の仲間たちは、少しずつ前へと歩こうとしています。改めて、復興はこれから、という言葉を、実感を込めてお伝えしたいと思います。長く続く復興への道のりの支援を決意した、今回の集いでした。
(日青協 尾路克彦)

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披露された団旗とビブス

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終始和やかな雰囲気で
 東日本大震災から1年を迎えた3月11日という日に、桜ライン311第2回植樹セレモニーが陸前高田市内にある気仙町公民館付近で開催されました。この植樹セレモニーは、陸前高田市を襲った大津波の最高到達点に桜の木を植え、震災を後世に伝え悲劇を二度と繰り返さないための取り組みです。

 セレモニーには日青協山中ちあき会長をはじめ、久保田崇氏(陸前高田市副市長)、井原巧氏(全国青年市町村会四国中央市長)、宮下礼(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン東日本大震災復興支援事業部部長)も来賓として見えました。冒頭に、桜ライン311実行委員長橋詰琢見さん(陸前高田市青年団体協議会会長)は、「この津波に対して何も出来なかった自分が悔しさでいっぱいです。その思いを次代に伝え、この悲劇を繰り返さないために取り組に賛同していただいている多くの方に心から感謝します」と挨拶をする目にはうっすらと涙が見えました。その後植樹を植える指導へ移り、セレモニーは30分ほどで終了しました。

 今回の植樹のために関東地方や北海道をはじめ、近隣の県からもボランティアに訪れた人たちはおよそ300人が集まりました。ボランティアに来た方にお話を伺うと、「これぐらいしかできない。あの日から1年が経ってもまだ自分の心が落ち着かない。ボランティアに来ている時だけが、自分が生きているという実感が湧く」という言葉がとても印象的です。

 14時46分。人々は静かに目を閉じ、走っている車はその場で止まり、被災されたすべての人たちに祈りを捧げました。

 震災から1年が過ぎ、時間は過ぎても心が時間に追いつかない人たちはたくさんいます。それでも前を向き、生きよう、伝えようとする青年団の力強さに心を打たれる1日となりました。太く短くではなく、細く長く続けていく支援を続けていきたいと思いました。

(日青協 棚田一論)

(ボランティアの皆さんと桜を植えていく)
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